NO46 『善一元論』

私たちが生きている此の世は、善と悪、正と邪、光と暗、平和と争い等々二元対立の世界であるように見えています。そして、悪と思われる現象をなくせば善が実現すると考えがちです。しかし、本当にそうなのでしょうか。二元対立と見えている現象を、存在という観点から考察していきますと、悪は存在するのではなく善の欠乏にすぎないとの見方も成り立ちます。暗は光と対立して存在しているのではなく光の欠乏にすぎないのと同様にです。光を点ずれば暗は消えます。暗を消すために光は暗と格闘する必要はありません。同様に本当に善が顕れたら悪は消える、現象の悪をつかんでそれを消そうと取っ組む必要はないと考えられます。

しかし、善くしようと思ってもなかなか悪しき現象が消えないという現実があります。それはなぜでしょうか。結論は、本当の意味での善が顕れていないからだということになるようです。仏典に「思い全相に至らざるを迷いという。」との趣旨の言葉があります。思い全相に至り善の顕れが全きものになるとき悪は自ずと消える。そんな、善一元論が人生の真理ではないかと近年思うようになりました。

ただ、まだまだ現象の悪をつかんで格闘しようとする心の傾向から完全に脱してはいません。齢77歳になりましたが、わが家庭こそ善一元の人生の真理を体得する実践の場と思って、日々修業継続中です。

2026年1月1日