NO13 『父の笑顔』

『父の笑顔』

父を思うと、父の笑顔が浮かんでくる。
山口の我が家に来て3年、昨秋、父はにわかに旅立って逝った。
「同じ日本ではないか。」と言って、本籍、墓地を山口にすることを認めてくれた父。
陸士卒の職業軍人であったが、平和の大切さを誰よりも感じていた父。
母が逝った年の暮、父は山口に来た。
以来、父妻娘私の4人の生活が始まった。
最初は、父のお世話をしているつもりであったが、父は、私たちの心の中の尊いものを引き出してくれた。
父が熊本から来てくれたおかげで、新しい家が建った。
父が山口に来て、4人兄弟の家それぞれが整っていった。
母が逝って3年7ケ月、父は子どもたちのために、やるべきことをやり尽くして逝った。
90年の人生すべてを包み込んだ笑顔を残して。

(合志栄一)

2011年1月8日

NO12 『心とコンピューター』

『心とコンピューター』

山口大学の学長を務められた広中平祐先生は、山口県の由宇町の生まれで数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞された日本を代表する数学者であります。
その広中先生が、山大の学長を辞められた後も、自ら学長をしておられた市民大学の講座で講演されたのを聴講したことがあります。その講演で、先生は数学の定義について語られ、「数学とは、無限なるものの有限化である。」と話されました。そして、「有限化とは、コンピューター処理できるようにすることである。」と補足されました。
私は、講演が終わった後、広中先生に尋ねました。「存在するものすべてを100とした場合、コンピューター処理できるものの割合はどれほどですか。」と。この問いに対して広中先生は、「50です。心の世界はコンピューター化できません。」と答えられました。
この先生の答えは、世の中の在り方を考える上で大事な視点を提供していると思います。「コンピューター処理できるようにする。」ということは、数値化するということであります。今日の時代、あらゆる面で、その数値化が進行し、そのことに基づいて物事を評価し、対応していくということが一般化しています。しかし、その時、私たちは、「数値化できるのは、存在するもののすべてではない、半分に過ぎない。」ということを見失ってはならないのではないでしょうか。

(合志栄一)

2010年7月15日