昨年の秋(11月7日)、農林水産省を訪ね大臣官房「みどりの食料システム戦略グループ」の林訓子係長にお会いして、「みどりの食料システム戦略」について説明を受け、意見交換をしてきましたのでその概要をご報告いたします。
「みどりの食料システム戦略」とは
地球温暖化対策や生物多様性保全など、食料システムにおける環境問題への世界的な対応が、2020年代に入り進展する中、我が国では農林水産省が、「環境と調和のとれた食料システムの確立」に向けて令和3年に「みどりの食料システム戦略」を策定し、2050年までに達成すべき課題として①農林水産業のCO2ゼロミッション化、②化学農薬使用量の50%低減、③耕地面積に占める有機農業の割合を25%に拡大等の目標を設定しました。
戦略策定の背景
戦後の我が国農業の課題は、増産から食の安全そして環境保全へと推移してきました。その環境保全の要請に応えつつ将来にわたって持続可能な食料システムの確立を目指して策定されたのが「みどりの食料システム戦略(以下、みどり戦略)」であります。環境保全の取り組みにおいては、地球温暖化対策と生物多様性保全への取り組みが重要視され、具体的に達成すべき目標の設定が図られました。
有機農業の現状と目標
みどり戦略は、2050年までに日本の耕地面積に占める有機農業の割合を100万ha(25%)に拡大するとの目標を設定し、2030年の中間目標を6万3000haとしています。令和5年の有機農業取組面積は、3万4500haですので、中間目標を達成するためには有機農業の現在の耕地面積を倍増し、2050年目標を達成するためには30倍近く拡大する必要があります。みどり戦略は、有機農業の取組拡大に向けて、有機農業拠点創出・拡大加速化事業への交付金措置やオーガニックビレッジの拡大、さらには学校給食における有機農産物の利用拡大等の施策を推進していますが、有機農業耕地面積の目標を実現するための具体的な道筋を示す戦略の構築はこれからのようです。
林係長からの説明は多岐にわたりましたが、以上が大事と思われる点の要旨です。
学校給食における有機農産物の利用促進
みどり戦略についての説明後は、質問や意見交換となりましたので、学校給食における有機食材の利用促進に力を入れることが、有機農業の拡大のためには必要ではないかとの意見を申し上げました。また、食の安全という面からも有機食材の利用を学校給食において促進していくことは望ましい旨、申し上げました。林係長からは、慣行農業による農産物も安全とした上で、学校給食における有機食材の利用促進には、農林水産省と文部科学省は連携して取り組んでいるとのお話がありました。みどり戦略が目指す農業の実現を、山口県においてしっかり推進しようとの思いを強くした農林水産省訪問でした。
「次世代のために、食の安全を!」
次世代のために食の安全というテーマに関心を向けていまして、朝田の流通センター内にある一般社団法人やまぐち食の安心・安全研究センターを訪ね、同センターの片山事務局長から説明を受けましたので、その概要をご報告いたします。
やまぐち食の安心・安全研究センターとは
食の安全に関し、貴センターがやっておられることはどういうことでしょうか。
片山事務局長
本センターは、コープやまぐちとJAグループ山口が共同して2005年に設立されました。JA農産物やコープ食品の残留農薬検査・微生物検査を、出荷前と流通の2つの段階で行っています。2024年度の実績では、微生物検査の検体数は1805、残留農薬検査の検体数は2331の検査を実施しました。こうしたことを通してJA出荷の農産物、コープ流通の食品の安全を担保し、消費者信頼の確保を図っています。
県内の食の安全は確保されているか
貴センターの検査対象は、JA農産物とコープ食品ですが、その他県内を流通する食品全般の安全を確保するための検査として、県の保健所が行う収去検査が実施されています。このことにより県内の食の安全は確保されていると見ていいでしょうか。
片山事務局長
基本的に県内流通の食品の安全性は確保されていると見ていいと思います。ただ、食品は工業製品と異なり全量を検査するわけにはいかないので、検査による食の安全の確保には限界があります。従って、食品の生産、流通のプロセス各段階において食の安全に関するリスクを生じさせない仕組みづくりが重要と考えています。
県の保健所による検査が減っているが大丈夫か
県の保健所による収去検査の年間検体数は、平成の時代は3000以上だったのが、令和になり現在は1000程と3分の1に減っています。この検体数で食の安全が確保されるのだろうかと不安になりますが、大丈夫なのでしょうか。
片山事務局長
県の保健所が、収去検査の検体数を減らして、それに要するマンパワーをHACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の周知徹底という方向に向けたとすれば妥当な判断と思います。先に述べましたように、検査による食の安全の確保には限界があります。食品の生産、流通にかかわる事業者が、食品の安全確保に向けた世界標準であるHACCPに沿った衛生管理を徹底するように図り、検査に頼らずとも食品の安全が担保されるようにしていくことが望ましいと考えています。
HACCPとは
HACCP(ハサップ)とは、Hazard(危害)Analysis(分析)Critical(重要)Control(管理・制御)Point(点)の頭文字をとった言葉で、食品の安全を確保するための衛生管理手法を示します。安全を阻害する要因を特定し、原材料の入荷から製造・出荷へと続く各工程の中で、危害の防止につながるポイントを継続的に管理して、食品の安全を確保する方法です。わが国では、平成30年6月に食品衛生法が改正され、令和3年6月から、原則すべての食品等事業者は、「HACCPに沿った衛生管理」が義務付けられました。

「環境保護の時代から環境経済の時代へ」
環境副大臣に就任された中田宏参議院議員を12月11日に訪ね、環境副大臣としての抱負や、山口県が取り組んでいる水素先進県づくり等について、色々考えを伺ってきました。その要旨をご報告いたします。
環境副大臣就任おめでとうございます。先ず、環境副大臣としての抱負をお伺いいたします。
中田副大臣
環境政策は、環境保護の時代から環境経済の時代へと変わって来ています。脱炭素化に向けて経済的な面での世界的な競争の中で、我が国が競争力を失わないようしっかり取り組みます。
「循環経済の実現は国家戦略」
副大臣は、ゴミや廃棄物の問題に横浜市長時代も含めて真摯に取り組み、全国モデルとなるような政策を実現してこられました。その点はどうしていこうとお考えですか。
中田副大臣
ゴミや廃棄物については、従来の適正に処理処分するという政策から、循環的な経済サイクルの中に位置付けて、再資源化し再利用するという政策へと変わってきていまして、この分野でも世界的な競争となっています。国も、循環経済の実現を国家戦略に位置付けていまして、環境副大臣としてそうした観点からのゴミ・廃棄物対策を推進します。
「水素利活用も点から面へ」
山口県は、県内コンビナートで全国の1割の水素を生成していることもあり、水素先進県づくりに取り組んでいます。環境副大臣として期待することがおありでしょうか。
中田副大臣
水素の利活用も、点から面への広がりを実現できるかが課題です。水素自動車も実用化されていますが、水素ステーションが少ないため広まっていません。山口県が、水素ステーションなどを増やす政策を進め、水素先進県として水素自動車の普及など水素の利活用の面的な広がりを実現していかれることを期待しています。
「成功すれば輸出産業になる!~大崎クルージェンプロジェクト~」
中国電力が電源開発(㈱)と共同で広島県の瀬戸内海の島(大崎上島町)で取り組んでいます大崎クルージェンプロジェクトは、石炭をガス化して究極的には水素ガスに置換して発電するという石炭由来のCO2フリー水素発電の実用化を目指しています。大崎クールジェンプロジェクトについては、どうお考えでしょうか。
中田副大臣
石炭やLNGを燃料とする火力発電は、欧米から非難されていますがCO2フリーの火力発電が実現できるのであれば、そういう非難は当りません。また、原子力発電より地域的に受け入れられやすい面もあり、再生可能エネルギ―を主力電源としながらもエネルギーミックスの観点からも望ましいと思います。世界的には火力発電でやっていくしかない国々も多くあり、CO2フリーの火力発電の技術を実用化できれば、それは輸出産業にもなります。
環境副大臣は、長年培って来られた力を発揮できるポジションだと思います。これからの活躍に期待しています。本日は、ありがとうございました。
「水素社会推進法成立、拠点整備支援へ」
5月29日午後3時に経済産業省の資源エネルギー庁を訪ねました。訪問目的は、今年の5月17日に成立し24日に公布された「水素社会推進法」について担当者から聴取することでした。対応いただいたのは、同庁水素・アンモニア課の奈良課長補佐でした。「水素等を巡る最近の動向について」という資料に基づいて、水素は、カーボンニュートラルに向けてカギとなるエネルギーであり、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、世界の水素等需要量も拡大の見込みであること。日本は2017年に世界で初めて水素基本戦略を策定したが、その後EU.ドイツ、オランダなど25ヵ国以上が水素の国家戦略を策定し、世界的に水素戦略策定の動きが加速化し、水素関連の取組が強化されていること。世界各国の水素利用促進に向けた支援制度等について触れられた後、先般成立公布されたばっかりの「水素社会推進法」に関して説明がありました。この法の成立により、水素の供給事業者に対して水素と化石燃料との価格差に着目した支援を行うことや、水素等の大規模な利用拡大につながる拠点整備への支援に向けての法制度が整えられことがわかりました。このことは、本県の周南コンビナートの脱炭素化に向けた取組への大きな支援になるのではないかと思われます。

石炭由来の水素によるCO2フリー火力発電に向けて事業着手
5月30日の午前11時に東京都の中央区に在るJ―POWER本社を訪ねました。訪問目的は、同社が中国電力と共同で広島県大崎上島町で取り組んでいる大崎クールジェンプロジェクトの将来見通しを知るためでした。同プロジェクトは、CO2回収型で高効率の石炭ガス化複合発電の実用化に向けて実証実験を積み重ねてきており、技術的課題はほぼ解決しております。このプロジェクトは、石炭をガス化してCO2を回収し水素ガスに置換して、その水素を発電には勿論のこと多様な水素の利活用に原料として供給していくことを究極の目標にしており、その実用化の見通しを伺いました。
同社では執行役員の外村氏、火力エネルギー部新事業計画室長の明樂氏、同部GENESIS計画室長の歌野氏に対応いただきました。そして、J-POWERが、大崎クールジェンプロジェクトで実証した成果の実用化に向けて、松島火力発電所(長崎県)を、CO2フリー水素発電を目指した設備に更新するGENESIS松島計画を決定し、2026年着工する予定であることを知りました。CO2回収型施設として営業運転を軌道に乗せるためには、回収したCO2を貯留もしくは利活用する出口の課題を解決する必要があるとのことでした。私は、大崎クールジェンプロジェクトの成果を上関において生かすことを提案していこうと思っています。

「平成29年就業構造基本調査」によれば、30歳から34歳の間の男性で結婚している割合は、正規雇用の場合は59%ですが、非正規雇用の場合は22%となっていまして、正規と非正規を比べて結婚に関してもその格差の大きいことに愕然とします。
我が国では、非正規雇用の若年労働者の多くは、結婚・出産のライフプランが描けない経済的状況の中におかれているわけで、この状況を改めることなくして「少子化・人口減少」の流れを食い止めることはできません。
非正規雇用の若年労働者の増加は、1990年代後半以降顕著になりました。
その背景には1985年に制定された労働者派遣法が、1999年の改正で原則自由化され、派遣の対象業務の制限がなくなったことがあります。
このことにより、企業の多くは、非正規雇用を増やすことで人件費を抑え、企業としての競争力を強化しようとする方向に向かいました。
しかし、そのことが、日本の企業の国際競争力を増すことにつながり我が国を豊かにしたかというと、そうとは言い切れないようです。
むしろ、不安定雇用の若年労働者が増えたことによるマイナスの方が大きいのではないでしょうか。
いずれにせよ、20代・30代の若者の所得の向上と収入の安定を図り、彼らが結婚・出産のライフプランを描けるような国にしていかなければなりません。
そのことに向けて、労働政策はどうあるべきか問われています。
このことにも関心を向け、地方の現場にいる県議だからこそできる貢献をしていこうと期しています。
先般6月15日、岸田政権の内閣官房参与として社会保障・人口問題を担当しておられる山崎史郎氏を訪ねました。山崎参与の著書「人口戦略法案」を読んで、この書に少子化対策の論点や課題解決の方向性が網羅されていると感じ訪ねた次第です。貴重な時間を割いていただき、1時間ほどの訪問でしたが、主に、6月13日に閣議決定された「こども未来戦略方針」についてお伺いいたしました。この方針を、「岸田総理は、次元の異なる少子化対策と言っておられるけれど、そうでしょうか。」と尋ねたら、「そういう言い方をされたことにより注目されるようになったのはよかった。少子化対策を、優先度の高い政策として位置づけられた意義は大きい。」と語っておられました。
この度の訪問により、6月定例会で「一億人国家シナリオと県政について」一般質問の質問を作成するうえでも、今後の県政を考える上でも大変参考となり、実りある有意義なものとなりました。
―地元長年の熱意実るー
阿東徳佐の人たちにとっては、長年の念願でありました徳佐八幡宮のしだれ桜が国名勝として復活しました。徳佐八幡宮参道両側の桜は、文政8年(1825年)に初めて植栽され、県内きっての名桜として知られるようになりました。昭和9年には「名勝徳佐桜」として文部省から指定をうけましたが、戦時中は手入れも行われず傷みが大きく荒廃した様子となり、戦後の昭和31年に、従来の価値が失われたとして指定が解除されました。それが今年の3月、再び国の名勝「徳佐(サクラ)」として指定されたことは、誠に喜ばしいことであります。
そこに至るまでには、往年の「名勝徳佐桜」復活を目指しての「しだれ桜保存会」等の地元有志による長年にわたる補植、接ぎ木、草刈等の地道な取り組みがありました。そして、春には多くの人々が訪ねる桜名所として景観が整ってきたことと併せて、文化庁の審査官の意見で「全国的にみたとき、しだれ桜の並木は大変珍しく貴重である。」と評価されたことが名勝復活につながりました。
県や市の文化財保護関係者の間では、一時は一気に国の名勝指定が難しければ、先ずは「国登録文化財」へということも検討されましたが、調査や整備をきちんと行うことで国の名勝指定も可能との判断に至り、地元念願の国の名勝指定を目指す方向で取組が進められ、実現した次第です。
これで、山口市における国の名勝指定は、長門峡、常栄寺庭園、常徳寺庭園に次いで4件目で、そのうち3件が阿東地区に在ることになりました。このことを、阿東地区の魅力を高め、地域の活性化に向けてどう生かしていくのか期待が高まります。
伊藤山口市長は、山口市議会定例会において「徳佐(サクラ)」名勝指定を報告し、「国・県と連携しながら、郷土のかけがえのない文化財を未来に引き継ぎ、市民が誇りに思うまちづくりを進めていく。」旨、表明しました。「徳佐(サクラ)」国名勝復活を祝し、みんなで応援していきましょう。
(合志記)
3月26日の「徳佐さくら」国指定名勝記念式典では「はやしだ」と「あとう夢語太鼓」が披露されました。
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「はやしだ」
阿東地域に伝わる豊作祈願を目的とした無形民俗文化財。
徳佐小学校の皆さんが伝承されておられます。 |
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「あとう夢語太鼓」
地域活性化を目的に近年結成されたグループです。 |
《無利子・無担保融資》
コロナウィルスの影響で大変な思いをしておられるお店、事業所、料飲・旅館組合等を訪ね、現場の切実な声を聴きました。また、そうした関係先に融資等を行って事業経営を支援している金融機関も訪ねて考えを伺いました。
そして、地方の現場の声ということで、無利子・無担保融資は、政府系金融機関だけではなく、民間の金融機関でも同様の要件で行うことができるよう繋がりがある衆参の国会議員に要望しました。
既に、そういう流れになっていたのだろうと思いますが、その後、地方銀行や信用金庫などの民間金融機関でも、無利子・無担保融資ができるようになりました。
給付ではなく融資ですので、いずれ返さなくてはならないことを気にされる向きもありますが、非常事態を乗り切っていく上において優れて有利なこの融資制度が大いに活用され、事業継続が図られていくことを願っています。
《医療従事者への感謝》
先般、新型コロナウィルスとの戦いの最前線である医療現場の実情を知るため、その感染症対策にかかわっている或る基幹病院を訪ねました。
そして医療担当の関係者のお話を伺いました時、看護の仕事を担当しておられる方が、「辛い思いで心が折れそうになることもあります。それでも、私たちがやらねばと自らを励まして頑張っています。」と語られるのを聞いて胸がつまりました。
感染リスクと隣り合わせの環境に身を置きながら、強い使命感をもって県民の生命を守るために奮闘しておられる医療従事者の方々が、頑張りぬいていくためには、県民の感謝と理解ある温かい眼差しが必要ではないか。
そのことに思いが至り、臨時県議会の質疑で、医療従事者への感謝支援の気運醸成を訴えました。
村岡知事は、この訴えに直ちに応えまして、医療従事者への感謝の気持ちを表すブルーライトアップを、県政資料館、下関海峡タワー、シンフォニア岩国の3県施設で行うことにしました。
また、知事自らが、県のホームページの新型コロナ関連情報サイトに「医療従事者への誹謗中傷・差別はやめて!」との動画をアップし、その中で医療従事者への感謝を、強く県民に呼び掛けています。
是非、皆さまも見てください。
《助け合い補い合って》
コロナ対応の自粛要請で大きな打撃を受けているのが料飲関係のお店です。
平均して通常の2割ほどまでに売り上げが落ちていて休業しているお店も多いようです。
課題は、コロナが収まってお店を再開するまでの間を、経済的に持ちこたえていくことでして、テイクアウトなどに同業者、関係者が協力し合って取り組む動きが見られます。
その一環と思われますが、私にも居酒屋の経営を任されている方から相談がありまして、スーパーの駐車場などでテイクアウト販売を、同業者にも呼び掛けてやりたいとのことでした。
そこで、私が知っているスーパーの社長に取り次ぎましたら、「このような事態ですので、少しでもお役に立てれば。」と快く了承し、協力を約してくれました。
平穏な日常が失われ荒みがちな今日の世相ですが、何か心和む嬉しい出来事でした。
日本の建国神話は、世の荒き、暗きに遭うも慶びを積むことの大切さを伝えています。コロナウィルスの影響は深刻ですが、心明るく助け合い、補い合って乗り切っていきましょう。
雨森芳洲は、江戸時代中期の儒学者で対馬藩に仕え、李氏朝鮮との外交実務に携わっていました。
朝鮮通信使では、第8回と第9回のときに接待責任者を務め、通信使からも高い信頼を得ていました。
芳洲が61歳のときに著した「交隣提醒」は、対馬藩主に上申した朝鮮外交の意見書で、ユネスコ「世界の記憶」に登録されている資料の一つです。
その中で彼は、外交の基本は相手の風俗習慣をよく理解し、お互いを尊重しあうことが肝要であると説き、「お互いに欺かず争わず、真実を以て交わり候を誠信とは申し候」と述べ、「誠信」(誠意と信義)による外交の必要性を訴えています。
62歳のとき、朝鮮と米貿易の交渉を委ねられた芳洲は、2年ほど釜山に滞在しますが、その交渉相手が玄徳潤で、彼とはお互いに認め合い、尊敬しあう間柄でした。
その玄徳潤が、釜山の古くなった朝鮮庁舎を、私財を投じて建て替え「誠信堂」と名付けました。
これに深い感慨を覚えた芳洲は、そのことを讃えて「誠信堂記」と題する一文を書きあげ、その中で「交隣の道は誠信にあり。この堂に居て交隣の職に就いた者は、このことを深く思わなければならない。」と述べています。
この書は誠信堂内に掲げられ、朝鮮の人々の胸にも焼きついたと伝えられています。