『雨森芳洲と誠信外交』

雨森芳洲は、江戸時代中期の儒学者で対馬藩に仕え、李氏朝鮮との外交実務に携わっていました。

朝鮮通信使では、第8回と第9回のときに接待責任者を務め、通信使からも高い信頼を得ていました。

芳洲が61歳のときに著した「交隣提醒」は、対馬藩主に上申した朝鮮外交の意見書で、ユネスコ「世界の記憶」に登録されている資料の一つです。

その中で彼は、外交の基本は相手の風俗習慣をよく理解し、お互いを尊重しあうことが肝要であると説き、「お互いに欺かず争わず、真実を以て交わり候を誠信とは申し候」と述べ、「誠信」(誠意と信義)による外交の必要性を訴えています。

62歳のとき、朝鮮と米貿易の交渉を委ねられた芳洲は、2年ほど釜山に滞在しますが、その交渉相手が玄徳潤で、彼とはお互いに認め合い、尊敬しあう間柄でした。

その玄徳潤が、釜山の古くなった朝鮮庁舎を、私財を投じて建て替え「誠信堂」と名付けました。

これに深い感慨を覚えた芳洲は、そのことを讃えて「誠信堂記」と題する一文を書きあげ、その中で「交隣の道は誠信にあり。この堂に居て交隣の職に就いた者は、このことを深く思わなければならない。」と述べています。

この書は誠信堂内に掲げられ、朝鮮の人々の胸にも焼きついたと伝えられています。

2019年8月21日

『人生100年時代を展望して』 ~ 健康寿命と歯 ~

日本は、人生100年時代の到来が現実になりつつあります。今年の住民台帳に基づく100歳以上の高齢者の総数は69,785人です。老人福祉法が制定された昭和38年は全国で153人でした。それが、昭和56年には千人を超え、平成10年には1万人を、平成24年には5万人を超えて、現在7万人に及ぼうとしています。

このように長寿化が進んでいくことは、国の医療福祉が整っている証であり慶ばしいことであります。ただ誰しもが願うことは、「健康で長生きしたい。」ということであります。また、誰しもが心配することは、我が国の医療保険制度や介護保険制度は大丈夫だろうかということであります。そこで、人生100年時代に備えて健康寿命を延ばす取組みが重要になってきます。

健康寿命を延ばす取組みにおいて大きな柱の一つは、歯の健康を守る施策の推進であります。本県は、そういう観点から平成25年に「やまぐち歯・口腔の健康づくり計画」を策定しました。この計画は、10か年計画で5年経過した時点で中間評価を行うということで、昨年10月にその中間報告書がまとめらています。

これを見ますと、本県における県民の歯・口腔の健康度は、全般的に増進しているものの、40代から60代の年齢層の人たちの歯周病増加の抑止が課題としてあることがわかります。40代から60代と云えば、仕事が忙しくて歯医者に行くのは、余程歯が悪くなった時、という人たちが多い世代ですので、そうした世代への対策としては、職場などの定期的な健康診断の項目に、歯・口腔の検診も加える等のことが考えられます。

そのようなことも含め、人生100年時代の到来を展望して、健康寿命を延ばす施策を着実に推進していきます。

2019年2月9日

『明治維新150年に想う』

【明治維新150年に想う】

新たな変革の胎動を

今年は明治維新150年です。山口県は、この維新を主導した県でありますので、花博等これをを記念した企画の実現に力を入れていますが、明治維新とは何だったのかを振り返り、今日の時代における維新について考えてみたいと思います。

明治維新は、大化の改新や鎌倉幕府の成立などに匹敵する国家変革の歴史的出来事でしたが、その変革の内容は、封建的幕藩体制から近代的主権国家への転換であったと言えます。

幕末は、世界的に帝国主義の時代で、この時代の国際社会を構成する単位は主権国家でした。そのため、この時代の国家は、主権国家としての国の体制整備が求められ、それが出来ない国は、どこかの主権国家の支配下に置かれるという厳しい現実がありました。その結果、アジア・アフリカのほとんどの国々が、欧米列強の植民地となりその支配下に置かれました。

幕末維新は動乱の時代でしたが、我が国の先人たちは、欧米列強による植民地支配の脅威から日本の国を守るという一点では共通していて、様々な考えがあり激しくぶつかり合うも、攘夷から開国へ、そして主権国家の確立へと云う国の独立保持のための変革を見事成し遂げ、歴史的責任を果たしました。

では現在、明治維新150年を記念し称揚している我々が、維新の先人たちにならって取り組むべき課題は、何なのでしょうか。答えはハッキリしていて、それは少子高齢化への対応であると考えます。今日、我が国は将来に明るい展望を描くことが困難になっていますが、その最大の理由が少子高齢化の進行であります。特に最近強調されているのは、2025年問題でして、団塊の世代が全て後期高齢者になるこの年以降の医療・介護をどう確保するのかの対策が、既に大きな課題になっています。

では、どうすればいいのか。私は少子高齢化問題を解決する方向は明らかだと思っています。それは、高齢者を国の負担にするのではなく、国の宝として生かす施策を強力に遂行することであります。そのためには、高齢者でも働ける限りは働くことが出来るようにしていくことです。現在は、65歳以上が統計上高齢者になっていて65歳は一般的に退職の年齢ですが、人生100年時代と言われるようになってきている今日、65歳は、人生の第二ステージの出発点と考えることが出来ます。

ソーシャルビジネスの提唱者として、また多くの人たちを貧困や失業から解放する金融の手法を確立した功績でノーベル平和賞を受賞したバングラディシュ出身の経済学者、ムハマド・ユヌス氏は、「人間は決して引退しない。高齢者ではなく、人生の第二段階にいるというべきだ。人性の第二段階では家族を養うために心配をする必要がない。だから人生の第二段階こそ、最も自由で創造的な人生なのだ。自分ではなく、世界のために何かをすべきで、他の人のために生きることができる時期なのだ。」と訴え、若者とシニア世代がお互いに刺激しあい、パートナーとして共に働けば、高齢化社会を輝く社会にすることができると語っています。

私は、全く同感で高齢者が輝く地域社会のモデルを本県において実現していくことは、我が国の将来に明るい展望を切り開くことになり、今日の時代における維新の実現になると思います。明治維新の特徴は、地方からの変革でした。その変革を主導した山口県が、再び日本再興の役割を果たすようになってこそ、明治維新150年の記念行事も意義あるものになると思っています。

 

2018年7月20日

『友好協定締結35周年記念中国山東省を旅して』

【友好協定締結35周年記念中国山東省を旅して】

先般、5月30日から4泊5日の日程で中国の山東省を、友好協定締結35周年記念の訪問団の一員として訪問してきました。私にとりましては20年ぶりの訪中でしたが、印象深かったことにつき所感を報告いたします。

1. 経済発展
最も印象深かったことは、経済発展している中国の現状を実地に見聞できたことです。飛行機から、あるいは鉄道・バスの車窓から見た上海、北京、済南、青島等の都市は、整備された広い道路に自動車が溢れており、近代的なビルが立ち並び、またマンションビル等の建設が相継いでいて、20年前とは様変わりしていました。政治の安定が続けば、中国経済は今後も発展し続けることでしょう。

2. 環境問題
山東省の省都である済南市を訪ねた日は、天候は晴れでしたが、空を見上げても青空は見えず、薄曇りに霞んでいるようでした。その日の夜、山東省長の主催による歓迎レセプションの時、隣席の省幹部の方にそのことを話したら、工場の排気ガスだけではなく、急速に増えている自動車の排気ガスも中国の大気汚染の原因になっているとのこと。ただ、環境問題には真剣に取り組んでいて、これから良くなるとの見解でした。

3. 航空貨物
北京空港での出来事。福岡空港から上海を経由して北京空港に着いたのは、予定より1時間半ほど遅れの午後5時ごろでした。ところが、空港の手荷物受取場に村岡知事のスーツケースが、待てども待てども現れませんでした。
日程初日は移動日で公式行事がないため、知事はラフな服装にして背広等はすべてスーツケースに入れていたので大変、翌日からの公式行事用に急きょ北京のデパートで必要な衣服や靴などを買い揃えました。
その後、その日の夜の10時半ごろ知事の荷物が北京空港に在ることが分かり届けられましたが、北京へのフライトで利用した航空会社は、こうしたトラブルの場合、24時間以内に荷物を本人に届けることができれば、トラブルは解決したとみなして弁償等はしない旨の説明があったようです。従って、知事がデパートで買求めた衣服代等の弁償は、旅行会社の保険対応になりました。

4. 高速鉄道
中国では、日本の新幹線に相当する高速鉄道の整備が進んでいるようです。今回、北京から済南、済南から青島への移動は高速鉄道でした。乗り心地は快適でスピードも時速200キロを超え、中国の高速鉄道技術が向上していることが窺えました。
ただ日本と違うのは、治安上の理由もあるのでしょうが、乗車する際に必ず改札口で外国人はパスポートを、中国人民は身分証明書を見せてチェックを受けなければならないことです。現地のガイドの方は、中国人の日本旅行を度々お世話していて、そうしたチェックが必要ない日本の新幹線システムを褒め讃えていました。

5. 中華文明
日程3日目の6月1日、山口県・山東省友好協定締結35周年を記念して山東省博物館にて開催されることになった「郷愁-日本近代浮世絵名品展」の開幕式に参加しました。その後はしばらくフリーの時間があり、山東博物館の各コーナーを見て回ることができました。そこには紀元前からの山東省における土器、銅鐸等の発掘物や美術工芸品など様々な展示があり、豊かで高度に発達した中華文明の悠久の歴史に思いを馳せました。中国の現共産党支配体制は、そういう中華文明の歴史の中で、どういう評価になるのか興味深い点です。

6. 日中友好
今後このまま推移していけば、日本と中国は、経済的な面では国力の差がつくなとの感を持ちました。そうした中において日本と中国が、真の友好関係を築き上げ維持していくためには、双方が互いに認め合い、敬意を払う関係になっていくことが大事のように思われます。そのためには、日本は精神性において優れた国になっていくことが求められるのではないか。そうした思いを深くした、今回の中国の旅でした。
(合志栄一)

 

 

 

2018年3月16日

『国民保護法と平和主義』

【国民保護法と平和主義】

空襲被害の日独比較
危機管理のプロとして民間の立場から国民保護法の制定に協力された現参議院議員青山繁晴氏は、その必要性を、第二次世界大戦時における空襲による被害調査の分析を踏まえて明らかにしています。第二次大戦時、連合国から激しい空襲を受けたドイツと日本を比較した場合、投下された爆弾量は、ドイツは日本のおよそ10倍以上にもかかわらず、殺された民間人の国民の数は、大差が無かったという事実があります。

国民保護法成立の意義
投下された爆弾量に比しての犠牲者数は、圧倒的に日本の方が多かったのはなぜか。この差は何によるのか。青山氏は、ドイツでは、あの国民を苦しめたナチスの支配下にあってすら、国民保護のための避難計画があり、それが実行されたのに、日本にはそれが無く、国民は自らの判断で逃げ惑うしかなかったことが、その主たる原因であることを指摘しています。そして、平成16年に戦後60年にして漸く不十分とはいえ我が国に国民保護法が成立し、国民保護計画が作られることになったことの意義を力説しています。

平和団体の反対
ところが、こうした国民保護計画の作成は、戦争への備えをするものであり、「戦争の放棄」を定めた憲法のもとで、戦争に備える態勢をつくらせる訳にはいかないとの理由で、平和団体、平和主義者と見られている人達による強い反対の動きがありました。長崎市ではそうした動きが、市の取組みに直接及び、その結果、市が作成する国民保護計画から「核兵器による攻撃への対処」が、削除されました。

真の平和主義
このような現実にコミットしないパフォーマンスとしての不毛な平和主義が、今なお我が国では、一定の影響力を持っていることは残念であります。我々が、戦争を避け平和を求めるのは、私たちの生命、財産、生活を守るためです。そういう意味において、真の平和主義者は、国民保護法計画が、実効あるものになることを求めこそすれ、それに反対することはあり得ないと考えます。また、同様の意味において、北朝鮮の脅威に備えること、中国の軍拡膨張主義への対応策を講じていくことは、何ら平和主義に反するものではないと考えます。

2018年3月16日

『地球・日本・山口・私たちの幸せ』

Four Happiness
―地球・日本・山口・私たちの幸せ―

【武の心を養う】

私は最近、日本は武の国としての確立を図るべきだと思っています。武は、今日一般的に武力を意味し、好戦的イメージがありますが、武の本義は、平和をあらしめる力であり、武に備わっている強さは、そのための手段です。
武の字義について白川静氏は、その著「字訓」において、「武を、『戈(ほこ)を止める』と解することは、後世の思想による解釈にすぎない。止は趾(あし)であり、武は、戈をあげて前進する勇武のさまをいう字で、歩武堂々の意である。」と述べています。
確かに、武の元初の字義はそうなのでしょうが、それが「戈を止める。即ち戈による争いを止めて平和をあらしめる力」と解されるようになり、そのことが武の本義として広く受け入れられるようになったのは、武の意味する内容が、時代の推移の中で人間社会の要請に応えて進化したということではないでしょうか。
日本建国の初代神武天皇の神武は易経の「神武不殺」に由来するそうですが、私は、そうした「武の心」を養う教育が推進され、世界の平和を支える武の徳を備えた人材が育っていくことを願っています。

2018年3月16日

『原子力発電に関する合志栄一の基本的立場』

【原子力発電に関する合志栄一の基本的立場】

私は、原発ゼロ論者ではありません。
原子力発電は、人類が獲得した科学技術であり、一旦それを手した以上、なくすことは出来ず、原子力はこれを人類将来のために生かす道を切り開いていくしかないと思っています。
ただ、原子力発電はいまだ未完成の技術であります。
特に、使用済み核燃料処理の問題が解決されていません。
また、福島原発事故で明らかなように事故が起こった時のリスクが余りにも大きく、我が国のように国土が狭い国
においては、原発事故は国家の存立にかかわる重大な内なる脅威となるものであります。
従って、今日、原子力発電に過度に依存することは避けなければならない。
現在、政府がエネルギー基本計画に明記しているように、原発依存度は、可能な限り低減させるという方向において原子力政策は推進されていくべきであるというのが、私の基本的立場であります。

2017年2月1日

『日米同盟に21世紀の希望を見る』 ~平和の世紀への基礎シナリオ~

【日米同盟に21世紀の希望を見る】

~平和の世紀への基礎シナリオ~

日本とアメリカは、国の基本的な在り様が対照的な国です。日本は国の成り立ちが神話にまでさかのぼる自然国家ですが、アメリカは、1776年7月4日、独立宣言の日が建国の日とされる人造国家であります。文化、文明の面では、アメリカは西洋・欧米圏に属し、江戸期までの日本は東洋・アジア圏に属していました。国旗が、日本は日の丸で朝昇る太陽を表し、アメリカは星条旗で夜の星になっているのも対照的です。
この対照的な二つの国が真正面から衝突したのが先の大戦でした。昭和天皇は、訪米された時の御挨拶で「私の深く悲しみとするあの不幸な戦争」と申されましたが、まさしく日本民族にとって悲劇の戦いでした。しかし戦後、日本とアメリカは一転、お互いに戦った悲劇の歴史を乗り越えて、良好な同盟関係を築き上げてきました。そこに、私は21世紀の地球社会の希望を見るものであります。いろいろな意味で対照的な国であり、且つ世界の大国である日本とアメリカが、相提携し補完し合って同盟国としての関係を深めていくことが、世界の平和の基礎になると思うからです。
違いが多いアメリカではなく、同じアジア同士である中国との関係を強めてアメリカに対抗していこうという方向は、新たにアジアと欧米の対立の構図を生みだすのみで、世界の平和に資することにはならないと考えます。日米同盟を強固なものにして、それが世界の平和的国際秩序の基礎となり、その中に、近年台頭が著しい大国である中国を受け入れ、互恵の関係を築いていく。それが、21世紀を平和の世紀にする大きなシナリオであると思っています。
安倍総理は、昨年4月アメリカ議会で演説して上下両院の議員に対し日米同盟を希望の同盟にしようと呼びかけました。誠に意義深い歴史的演説であったと思います。日米同盟の重要性について、日本は国民的コンセンサスが大方出来ているように思われますが、アメリカはどうでしょうか。今年行なわれる大統領選挙が注目されるところですが、「日本、安保タダ乗り」論を称えるトランプのように、日米同盟について基本的な理解を欠いている人物が選ばれないことを願っています。

2016年7月20日

『医療連携について』 ~ よりよい地域医療を目指して~

医療連携について
 よりよい地域医療を目指して

【総合病院から急性期病院へ】
山口市には、総合病院と称する病院が三つあります。
綜合病院山口赤十字病院、済生会山口総合病院、小郡第一総合病院の三つであります。
総合病院とは、許可病床数が100床以上で主要な診療科が最低でも内科、外科、産婦人科、眼科、耳鼻 咽喉科の5科ある病院のことを言いますが医療法上の規定は平成8年の改正で廃止されています。
従って、何か病気の症状があった時、「病院にかかるんだったら、総合病院がいい。」という会話が、私 たちの日常生活の中でよくありますが、現在は医療法に基づく総合病院というものはなく、ただ一般的に多 数の診療科を有していて、二次救急以上に対応する救急病院としての機能がある地域医療を担う中心的な病 院のことを通称的に総合病院と言っています。そして、こうした意味で一般市民から総合病院と呼ばれてい る病院のほとんどは、最近、急性期病院と言われています。

【急性期病院とは】
急性期病院という言葉は、地域医療を論ずる際、頻繁に使われているにもかかわらず、医療法上の規定は なく、定義も明確でありませんが、要は慢性期病院との対比で使われている病院の呼称で、緊急の対応を要する生命にかかわる若しくは悪化の恐れがある病気やけがに対して手術等の高度な医療を行う病院を指して
いるようで、一般的に患者7人に対して看護師1人という看護体制がとられています。
今日は、この急性期病院が実際上、地域医療の中核的担い手になっておりますが、この急性期病院に従前の総合病院のような手術等の治療を受けた後、日常生活に復帰可能になるまでの入院を期待することは出来ません。
急性期病院の役割は、生命にかかわる若しくは病状悪化の恐れがある病気やケガに対して緊急的な手術等の医療措置を行なうことであって、その処置により病状が安定するまでが医療上の守備範囲であります。
従って回復期、療養期(慢性期)の医療は、別の医療施設あるいは在宅でということになり、急性期病院での平均在院日数は2週間ほどで、原則術後、病状が安定したとみなされれば、日常生活に復帰できるまでの回復には達していなくても、急性期病院での治療は終わったということで、退院もしくは転院ということになります。

【一つの病院で 手術から退院まで可能か】
私は、最近様々な医療関係者に、二つの病院で、手術から回復、療養、退院まで出来ませんか。」ということを聞きましたが、帰ってくる答えは同様で、「今の医療制度のもとでは、出来ない。」と云うことでした。
今日の我が国の医療制度は、様々な観点からの批判はあるものの、基本的には高齢化が急激に進展して医療需要の増大が予想される中、医療費の増大を抑制しつつ、良質の医療提供を持続的に実現していくための仕組みと考えられることから、地域医療もこの医療制度に則ってやっていくしか道はありません。

【一つの病院のごとく 地域医療連携を】
その医療制度を制度設計する上でのコンセプトは、医療機能の分化と連携であり、あらゆる医療機能をフルセットした総合病院は、現在の医療制度の中では経営存立が困難であることがわかってまいりました。とすれば、そのような医療制度のもと、住民の視点からのよりよい地域医療とは、機能別に分化された病院・ 診療所間の医療連携が、患者にとって恰も一つの病院のごとくスムースに的確、適切に行われようになることであり、そのことが医療の統合という大きな時代の流れに沿う現実的な対応であると思われます。

【切れ目のない 入院医療の提供】
私は今年の3月、県議会本会議において、そういう観点から地域医療について一般質問をいたしましたところ、村岡知事から、発症初期からリハビリ、退院まで患者の状態に応じた切れ目のない入院医療が提供できるよう、「高度急性期」から「慢性期」に至るまでのネットワークを構築するとともに、退院後の生活を支える在宅医療を推進するため、かかりつけ医と後方支援病院の「顔の見える関係づくり」を進める旨の答弁がありました。

【包括ケアとしての医療】
医療は、これから治病だけではなく、生活を支える包括ケアとしての医療ということで、その領域が介護や福祉を含むものに拡大していく方向にあります。
私は、そういう時代の流れも踏まえつつ、山口におけるよりよい地域医療の実現に、しっかり取り組んでまいります。

(合志 栄一)

2015年7月15日

『戦後70年談話について』~新しい国づくりのメッセージを~

『戦後70年談話について』~新しい国づくりのメッセージを~

アボット首相の発言
昨年7月、安倍総理はオーストラリアを訪問して、オーストラリア議会で演説をしました。
この演説で安倍総理は、第二次世界大戦中に命を失ったオーストラリアの若者たちに心からの哀悼の意を表し、痛切な反省とともに日本が平和で民主的な国家を築き上げたことを述べ、基本的価値観を共有する日豪両国が、歴史の試練に耐えた信頼関係を経済、安全保障といったあらゆる分野で「特別な関係」に進化させるべき旨、訴えました。
この演説を受けてオーストラリアのアボット首相は次のように表明しました。
「日本はフェアに扱われるべきだ。
70年前の行動ではなく今日の行動で評価されるべきだ。
日本は戦後ずっと世界において第一級の市民として貢献し、法の支配のもとで行動してきた。
私たちは過去ではなくこの今の日本を評価すべきだ。」と。
安倍総理の70年談話安倍総理は、このアボット首相の言葉を聞いて胸が熱くなったと語っておりますが、安倍総理が、この夏に戦後70年ということで出す予定の談話も、70年前の過去ではなく、今の日本、これからの日本についての表明であるべきだと考えます。
この戦後70年談話では、植民地支配と侵略戦争についての歴史認識を示し、謝罪の意を表明すべきとの主張がありますが、私は、その必要はないと考えるものです。
そうしたことは、戦後50年の村山談話及び戦後60年の小泉談話で、繰り返し述べられていることであるからです。
この談話は、何よりも日本国民に対して発せられるものであって、語られるべきは70年以前の日本のことについてではなく、これからの日本についでであります。
従って、総括すべきは戦後70年の歩みについてであり、その総括に基づき新しい国づくりの方向を示すメッセージこそ、戦後70年談話にふさわしい内容であると考えます。

(合志 栄一)

2015年7月15日