ごうし栄一
【合志栄一後援会事務所】
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合志栄一スローガン
平成27年 一般質問項目
2月議会 6月議会 9月議会 11月議会
   
  ○2月定例県議会
 
地域医療について
   医療は、これから統合の時代に向かうと言われています。ここで云う医療の統合は、二つのことを意味しています。ひとつは、医療機関の統合です。もう一つは、医療と介護、福祉の統合です。医療機関の統合は、複数の医療機関をひとつに統合するケースと、医療機関の機能別統合と二通り考えられます。医療と介護・福祉の統合は、医療の領域が、治病から生活を支える包括ケアとしての医療に拡大していくことを意味しています。
こうした医療の統合を促す時代背景としては、今後高齢化が一層進展し、医療・介護需要の増加が予想されることがあります。特に団塊の世代が全て後期高齢者となる2025年以降においても、医療費・介護費の増大を抑制しつつ、介護を含む包括ケアとしての良質の地域医療を確保していくためには、医療資源の最適配分を実現していくことが求められ、そのことが将来を見通して医療提供体制を計画する上において主要課題となっております。
現在、厚労省が進めている病床機能報告制度と地域包括ケアシステムの構築という二つの取り組みは、そうした課題認識に基づくものであり、医療の統合という時代の流れに沿うものであると思われます。そこで、この度は本県の地域医療についてということで、医療の統合という方向を見据えつつ、数点お伺いいたします。

 
(1) 医療連携について
   山口市には、総合病院と称する病院が三つあります。綜合病院山口赤十字病院、済生会山口総合病院、小郡第一総合病院の三つであります。総合病院とは、許可病床数が100床以上で主要な診療科が最低でも内科、外科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科の5科ある病院のことを言いますが、医療法上の規定は平成8年の改正で廃止されています。
従って、何か病気の症状があった時、「病院にかかるんだったら、総合病院がいい。」という会話が、私たちの日常生活の中でよくありますが、現在は医療法に基づく総合病院というものはなく、ただ一般的に多数の診療科を有していて、二次救急以上に対応する救急病院としての機能がある地域医療を担う中心的な病院のことを通称的に総合病院と言っています。そして、こうした意味で一般市民から総合病院と呼ばれている病院のほとんどは、最近、急性期病院と言われています。
急性期病院という言葉は、地域医療を論ずる際、頻繁に使われているにもかかわらず、医療法上の規定はなく、定義も明確でありませんが、要は慢性期病院との対比で使われている病院の呼称で、緊急の対応を要する生命にかかわる若しくは悪化の恐れがある病気やけがに対して手術等の高度な医療を行う病院を指しているようで、一般的に患者7人に対して看護師1人という看護体制がとられています。
今日は、この急性期病院が実際上、地域医療の中核的担い手になっておりますが、この急性期病院に従前の総合病院のような手術等の治療を受けた後、日常生活に復帰可能になるまでの入院を期待することは出来ません。急性期病院の役割は、生命にかかわる若しくは病状悪化の恐れがある病気やケガに対して緊急的な手術等の医療措置を行なうことであって、その処置により病状が安定するまでが医療上の守備範囲であります。従って回復期、療養期(慢性期)の医療は、別の医療施設あるいは在宅でということになり、急性期病院での平均在院日数は2週間ほどで、原則術後、病状が安定したとみなされれば、日常生活に復帰できるまでの回復には達していなくても、急性期病院での治療は終わったということで、退院もしくは転院ということになります。
私は、最近様々な医療関係者に、「一つの病院で、手術から回復、療養まで出来ませんか。」ということを聞きましたが、帰ってくる答えは同様で、「今の医療制度のもとでは、出来ない。」と云うことでした。今日の我が国の医療制度は、様々な観点からの批判はあるものの、基本的には高齢化が急激に進展して医療需要の増大が予想される中、医療費の増大を抑制しつつ、良質の医療提供を持続的に実現していくための仕組みと考えられることから、地域医療もこの医療制度に則ってやっていくしか道はありません。その医療制度を制度設計する上でのコンセプトは、医療機能の分化と連携であり、あらゆる医療機能をフルセットした総合病院は、現在の医療制度の中では経営存立が困難であることがわかってまいりました。とすれば、そのような医療制度のもと、住民の視点からのよりよい地域医療とは、機能別に分化された病院・診療所間の医療連携が、患者にとって恰も一つの病院のごとくスムースに的確、適切に行われようになることであり、そのことが冒頭申し上げた医療の統合という大きな時代の流れに沿う現実的な対応であると思われます。
そこで先ず最初に、医療連携について、国の動向等も踏まえつつ三つのことについてお伺いいたします。第一は、地域医療連携に向けての県の取り組み姿勢についてであります。
 平成25年5月に策定された「山口県保健医療計画」では、地域医療連携の推進という節で、各地域において医療連携体制構築に向けた協議会を設置して、地域の医療関係者による自主的な医療連携体制の構築を進める旨、記されていまして、実際県下八つの医療圏ごとに協議会が設置されているところでございます。ただ、医療連携体制の構築が進むためには、県が各地域の医療関係者の自主的な取り組みを尊重するという姿勢で調整役に終始するだけではなく、地域ごとに目指すべき医療連携の具体案を持って、その実現に向けて強力な指導性を発揮するという姿勢が必要と考えますが、ご所見をお伺いいたします。
 第二は、医療機能の分化と連携についてであります。
私は先程、我が国の医療制度の制度設計上のコンセプトは「医療機能の分化と連携である。」と申し上げましたが、村岡県政推進の指針となるチャレンジプランも「医療機能の分化・連携の推進」を、重点施策53として位置づけています。そして、そこに示されている施策の方向は、国が創設した病床機能報告制度に基づき平成27年度以降都道府県が策定に取り組むことになる地域医療構想(ビジョン)の基本図を先取りしたものであると思われます。
病床機能報告制度は昨年秋に施行されたもので、第一段階として医療機関に対し、その有する病床において担っている医療機能の現状と今後の方向を、病棟単位で、都道府県に報告することを求めています。第二段階では、都道府県が、その病床機能についての医療機関からの報告結果を踏まえて地域医療構想(ビジョン)の策定に取り組みます。この地域医療構想においては、団塊の世代が全て後期高齢者となる2025年に照準を当て、その時点での医療需要とそれに応える医療提供体制を実現するための施策を、二次医療圏等ごとに策定し、その内容は医療計画に新たに盛り込まれることになります。
この報告制度で注目すべきは、病床が担う医療機能を、高度急性期機能、急性期機能、回復期機能、慢性期機能の四つに分けて報告を求めていることです。これまでの病床区分は、一般病床と療養病床の2区分でした。それが、4区分になる訳で、今後我が国の医療制度は、医療機能の分化と連携を基本に、医療提供体制を構築していこうとしていることが窺えます。
以上申し上げましたことを踏まえ、医療機能の分化と連携について2点お伺いいたします。第一点は、本県の地域医療を充実向上させていくために、医療機能の分化と連携に、どのように取り組まれていくのか、基本的なお考えをお伺いいたします。
第二点は、医療機能の分化と連携には、縦の関係と横の関係と二通りあるとの観点からお伺いいたします。
医療機能を、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の四つに分けて医療連携を実現していくのは、縦の関係における分化と連携です。一方、特に急性期の医療機能は、脳外科関係、循環器関係、消化器関係、産婦人科関係、整形外科関係あるいはガン診療関係等に分けることが出来ます。これまで急性期病院は、総合病院と云うことでこれらの医療機能を概ねフルセットで担ってきた訳ですが、それをこれからは急性期の医療機能の分化と統合を促し、各急性期病院を特徴化して、その連携を図っていくという横の関係における医療機能の分化と連携が考えられます。
そこでお尋ねいたします。医療機能の分化と連携は、縦の関係と横の関係の双方において実現していくべきと考えますが、ご所見をお伺いいたします。
医療連携についてのお尋ねの第三は、地域連携クリティカルパスについてであります。この地域連携クリティカルパスは、地域における医療連携を充実していくための具体的な手法でして、治療経過や治療方針などの患者情報を地域の医療機関が共有し、適切な医療を提供するための診療計画であります。
私は、ここに山口地域脳卒中地域連携診療計画書を持っていますが、これがその地域連携クリティカルパスに相当するものであります。これを見ますと、急性期病院、回復期病院、維持期は入院と在宅に分けて、経過、目標、治療等を記入するようになっています。このような連携クリティカルパスは、疾患ごとに作成されると承知しておりますが、医療機関の現場の声として、書式の統一を図ることが望まれています。現状は、この連携クリティカルパスの書式が、急性期病院ごとにバラバラであることから、複数の急性期の病院から患者さんを受けるリハビリ・回復期の病院等は、急性期病院ごとに異なった連携クリティカルパスに対応しなければならないからです。
そこでお尋ねです。連携クリティカルパスの書式の統一は、その導入目的からして当然のことで、こういうことこそ医療行政に携わる者が果たすべき役割だと考えます。ついては、県は地域連携クリティカルパスの書式の統一に取り組むべきだと考えますが、ご所見をお伺いいたします。
 
(2) 医療圏について
   次に、医療圏についてということで、二次保健医療圏という意味においてでありますが、山口・防府医療圏についてお伺いいたします。山口・防府医療圏は、以前は山口医療圏と防府医療圏と別々でありました。それが、平成18年に一つの医療圏とされました。その背景には、平成の大合併時、山口市と防府市が、近隣市町と共に、県央30万中核都市の実現を目指して合併に取り組んだ経緯があると思われます。この合併への取り組みは、合併合意の最終確認時に防府市の反対表明があり、防府市を除く1市4町の合併となり、30万中核都市の実現には至りませんでした。
 山口と防府の医療圏を一つにしたのは、実現しなかった山口と防府の合併を、医療圏において実現するものですが、現に合併が実現していないにもかかわらず、二つの市の都市規模にそう大きな差がなく、患者の動態においても二つの医療圏に分かれていたものを一つにしたことは、いろいろな面で不都合を生じているように思われます。
 特に、山口医療圏からして一番問題と思われるのは、二つの医療圏を無理やり一つにした上で、一つの医療圏に一つあればいいという高次医療機能は、常に防府医療圏にある県立総合医療センターにという方向で整備が図られようとすることであります。先に紹介いたしましたように、これからは医療機能を高度急性期機能、急性期機能、回復期機能、慢性期機能の四つに分けて医療提供体制を二次医療圏ごとに整備していく協議が進められることになると思われます。その際問題となるのは、高度急性期の医療を、現在ある急性期病院のうち何処が担うのかと云うことであります。おそらく国は、高度急性期の医療を行う病院は、一医療圏に一つと云う方針を示し、それを受けて県は、山口・防府医療圏においては防府市にある県立総合医療センターを、それにしようと図るであろうことが予想されます。
 こうしたことは、二つの点で問題があると思います。一つは、山口市の地域医療の充実向上が妨げられるということであります。もう一つは、県立総合医療センターの在り方の問題です。この県立の医療機関が、患者の大半は防府市民であるというこれまでの経緯からして防府市民病院的な役割を担い、防府地域における高度急性期医療を担うようになることは理解するとしても、県立の医療機関である限りにおいては、基本的に全県的な医療ニーズに応える存在であるべきであります。従って、山口・防府医療圏における高度急性期の医療機能を、県立総合医療センターに集中しようとすることは、この医療機関を、山口・防府医療圏の基幹病院に位置付けることになり、それは県立の医療機関の在り方からしておかしいと批判されても止むを得ないのではないでしょうか。
 山口・防府医療圏域における、高度急性期医療の提供は、防府地域においては県立総合医療センターが担うにしても、山口市においては日赤、済生会、小郡第一の三急性期病院が、高度急性期医療を疾患別に分担して、急性期病院としての特徴化と高度化を図り、相互に連携していくというようにしていくことが、望ましい整備の方向であると考えます。
 以上申し上げましたことから、仮定上の話でございますが、仮定上のこととは云え、これまでの国の考え方からして十分予想されることでありますので、そのことに備えてあらかじめ議論しておく必要があるということでお尋ねいたします。
 県は、病床機能報告制度に基づく報告を踏まえて平成27年度より地域医療構想(ビジョン)の策定に取り組むことになります。その際、国はその策定に当ってのガイドラインを今年度中に示すことになっていますが、国が示すガイドラインにおいて高度急性期医療を担う医療機関は、二次医療圏に一つと云う方針を示してきたら、山口・防府医療圏は、以前のように山口医療圏と防府医療圏に分離すべきだと考えますが、ご所見をお伺いいたします。
 
(3) がん診療連携拠点病院について
   山口赤十字病院が、がん診療連携拠点病院ではなくなるのではないかと云うことが懸念されています。山口・防府医療圏では、最初県立総合医療センターが、がん診療連携拠点病院に指定されていましたが、山口地域に加え萩地域をも含めてがん対策を担うということで、次いで山口赤十字病院も、原則一医療圏ひとつと云う国の方針の中で特例的に指定が認められたものであります。
 それに応えて山口赤十字病院は、がん診療において二つの柱でありますがんの治療と緩和ケアにおいて立派にその役割を果たし、特に緩和ケアにおいては全国のモデルとなる高いレベルの医療を提供してきているところであります。
 それが、かん診療連携拠点病院を指定する要件の見直しに伴い、人材配置要件の強化の一環と云うことで、病理診断の医師の常勤が必須化されたため、山口赤十字病院は、苦慮しているところであります。
 現在、当病院は四人の非常勤医師による病理診断を行っていますが、病理診断に携わる医師の絶対数が不足している中で、その常勤医師を確保することは極めて困難な見通しのようです。
 私は、国が新たな指定要件にした病理診断の医師の常勤化により、非常勤の場合より病理診断能力が高まるというのであれば、そうした要件の変更は、合理的なことと評価するにやぶさかでありませんが、関係者の話を聞くと必ずしもそうではないようであります。
一人の常勤者よりも、非常勤であっても複数いた方が病理診断能力は高まるとの見方もありますし、ICT技術を活用した画像診断医療システムも実用化され、遠隔地にいてもその場にいるのと同様に病理診断が出来る時代になって来ているのに、何故病理診断の医師の常勤化を必須の要件にしなければならないのか疑問であります。病理診断については常勤化した場合と同等の診断能力が確保されればいいのであって、原則常勤化を求めるも、それを必須の要件にする必要はないと考えます。
先程触れたことですが、病理診断に携わる医師の絶対数が少ないという現況の中で、がん診療連携拠点病院の要件として病理診断の医師の常勤化を厳格適用することは、むしろ地域医療におけるがん対策の後退になるのではないかと憂慮します。
そこでお尋ねです。がん診療連携拠点病院の新たな指定要件とされている病理診断に携わる医師の常勤必須化は、見直すよう国に求めるべきであると考えますが、ご所見をお伺いいたします。
 
(4) 医師不足対策について
   平成27年度から、山大医学部附属病院での臨床研修を予定している医学生が一桁の9人になったことが、本県の医学関係者の間では衝撃をもって受け止められています。以前は、60名から70名ほどが山口大学で研修を受けていたそうで、現在既に医師不足の対応に苦慮しているのに、将来一層深刻になることが予想されます。
 今日、特に地方での医師不足が顕著になった背景には、2004年から導入された新しい臨床研修制度があると言われています。それまで医学生の研修は、基本的にそれぞれの大学医学部系列病院で行なわれていたものが、新しい制度のもとでは研修先を自由に選べるようになり、優れた研修環境にあると思われる大きな都市部の病院に集中するようになったからです。その傾向は、本県でも同様で、一旦研修医として県外に出るとなかなか県内に帰って来ないため、医師不足に歯止めがかからない状況が続いています。
 県としても、知事指定の医療機関に医師として一定期間勤務すれば返済が免除される、医学生や研修医に対する修学・研修資金の貸付制度を設けるなど、医師不足の解消に向けた施策を様々講じていますが、医師不足の深刻さを思えば、もっと踏み込んだ強力な取組みが必要ではないかと思われます。
 2004年に改正された臨床研修制度では、医学生は医師免許取得後、2年間の臨床研修が義務付けされましたが、全国の大学病院や一般病院等の臨床研修指定病院の中から自由に選択して、研修を受けることが出来るようになりました。従いまして、県内に医学生が医師免許取得後、研修医として残りたいと思うような、また県外から研修医が来たいと思うような魅力ある医療環境がある県にしていくことが、現行の臨床研修制度のもとにおいては有効な医師不足解消の抜本対策になるのではないでしょうか。
 そこでお尋ねです。若い医療人が魅力を感じる世界水準の最先端の医療技術が学べる医療環境が整った県にしていくことが、医師不足解消に向けた有効な抜本的対策になると考えますが、このことにつきご所見をお伺いいたします。
   
 
  ○6月定例県議会
 
 歴史教育について

私たち日本人は、我が国の過去の歴史、特に日韓併合や日中戦争などの近現代史にどのように向き合っていくべきなのでしょうか。ハッキリしていることは、向き合うことを避けるのではなく、真摯に向き合い教訓をくみ取っていかなければならないと云うことであります。
 歴史に真摯に向き合うと言うことは、歴史を正しく学ぶということと同義であります。そこで、歴史を学ぶことの意味について、少し考察してみたいと思います。
歴史は、よく鏡にたとえられます。私たちが、鏡を通して自分の姿を見るように、現在の時代の姿を、私たちは過去の歴史の中に見出し、そこに映し出して正しく認識し、理解することが出来るのであります。そういう意味で歴史は、時代を映し出す優れた鏡であると云えます。「大鏡」「増鏡」などの我が国中世の歴史物語本の書名は、そのような考えに由来するものだと思われます。
私たちは、鏡に映った我が姿を見て正すことが出来ます。同様に、私たちは、歴史を通して今日の時代の姿を見、私たちが生きている時代を正し、将来に向かってよりよくしていくための具体的な考慮が出来るのであります。従って、歴史を学ぶ意味は、私たちが生きている時代を正しく認識し、よりよくしていくためであると言うことが出来ると思います。
歴史を学ぶ上で、最も大事なことは言うまでもなく、歴史上の出来事、歴史的事実を、可能な限り正しく知るということであります。ただ、ここで問題となるのは、「歴史的事実とは、何か。」ということです。
この問いを考える上で確認しておかなければならないことは、私たちは歴史的事実それ自体を知ることは出来ない、歴史的事実と思われているものは、歴史的事実の痕跡を通して想起された事実であるということであります。歴史的事実それ自体は、既に過ぎ去って過去のものとなり存在しません。ただ、歴史的事実の痕跡は、その関係者の記憶、その事実に関する記録、史料、文献、遺品、遺跡等々として残っており、それらを通して私たちは、歴史的事実が、どういうものであったかを想起するのであります。よって、歴史的事実というものは、その想起の根拠となる史料や文献等により、またその史料や文献の評価により異なることになります。そのため、ひとつの歴史上の出来事に対して複数の異なった見方が歴史的事実として主張されると云う事態が、往々にして生じます。
では、そういう場合、どの見方を歴史的事実として受け入れるべきなのでしょうか。参考になるのは、歴史哲学に関し深い考察をしている野家啓一氏の見解です。野家氏は、「物語としての歴史」と題する論考の中で、「ある物語文が真実であるか虚構であるかは、それが『証拠』に基いた『主張可能性』を有し、歴史叙述のネットワークの中に『整合的に』組み入れられるか否かにかかっている。」と、述べています。
この見解を私なりに解釈すれば、ある歴史上の出来事についての叙述が、歴史的事実と見做されていいか否かは、先ず第一に、叙述に用いられている史料や文献等の証拠により、歴史的事実であることを主張できる可能性が保証されているかどうか、第二に、その叙述の内容が、関連する他の諸々の歴史的出来事と整合しているかどうか、によって判別されると云うことであります。歴史上の事実と見做し得る基準についての見事な洞察が、ここに示されているのではないでしょうか。
この基準に則る時、歴史的事実と見做されている見方も、新たな史料等の発見により、事実であることを主張する可能性や整合性を失った場合は、その見方は修正を迫られることになります。そういう意味で、歴史的事実は、決して確定したものがあるのではなく、常に見直される過程の中に在るのであります。そうした留保の上で、今日の知見の中で最も真実の度合いが高いと思われる見方を歴史的事実と見做し、歴史の中に組み込み、歴史として学んでいくことが、日本の近現代史を含め歴史に真摯に向き合うことになると考えます。
以上、歴史を学ぶことに関連して所見を申し述べましたが、以下そのことを踏まえ、学校における歴史教育をより良いものにしていくためにということで、二点お伺いいたします。
言うまでもなく歴史教育は、良い歴史教科書と良い教師を必要とします。このことに県教育委員会が直接かかわることが出来るのは、高校の歴史教科書の採択と、中学校・高校で日本史を教える教員採用についてであります。中学校の場合は、正確には社会科の先生が、地理・公民と併せて日本史を中心とした歴史を教えることになりますので、社会科の教員採用についてということになります。
従ってお尋ねの第一点は、日本史の教科書の採択についてであります。
 「1937(昭和12)年12月、日本軍は国民政府の首都南京を占領した。その前後数週間のあいだに、日本軍は南京市内外で捕虜・投降者をはじめ女性や子どもを含む中国人約20万人を殺害し、略奪・放火や女性への暴行をおこなった。」
 これは、県内の4つの高校で使われている日本史A(日本史近現代)の教科書に書かれている南京事件についての記述で、出版社は実教出版です。私は、県内高校で使われている全ての日本史の教科書を見ましたが、表現に程度の差はあるものの、いずれの教科書にもほぼ同趣旨の記述があることを確認しました。
 では、中学校の歴史の教科書は、どうなのでしょうか。南京事件については、山口市の中学校で使われている帝国書院の「中学生の歴史」では、「日本軍は中国南部からも進攻し、上海や当時首都であった南京を占領しました。南京では、兵士だけではなく、女性や子どもをふくむ多くの中国人を殺害し、諸外国から『日本軍の蛮行』と避難されました(南京虐殺事件)。しかし、このことは戦争が終わるまで、日本国民には知らされませんでした。」と、記述されています。
 もう一つ紹介しますと、岩国市の中学校で使われている育鵬社の「新しい日本の歴史」では、「日本軍は12月に首都・南京を占領しましたが、蒋介石は奥地の重慶に首都を移し、徹底抗戦を続けたため、長期戦に突入しました。」と本文には書かれており、南京を占領のところに注がありまして、その注では、「この時日本軍によって、中国の軍民に多数の死傷者が出た(南京事件)。この事件の犠牲者数などの実態については、さまざまな見解があり、今日でも論争が続いている。」と記されています。
 私見を申上げれば、以上紹介した中で、南京事件に関しての記述で最も穏当だと思われるのは、育鵬社の教科書の記述であります。一方、ひどすぎる、なぜこういう記述が許されているのかと思われるのは、実教出版の教科書です。
 日中戦争で南京占領の時、日本軍により多数の中国軍民が殺害されたことは厳然たる事実であり、これを否定することは出来ません。ただ、そうであるが故に、また、そういう事件を再び繰り返さないために、その事件の真実を明らかにしていくことは必要であります。
私は先ほど、「歴史的事実は常に見直される過程に在る。私たちは、最新の知見で最も真実の度合いが高いと思われる見方を歴史的事実と見做して学んでいくことが、真摯に歴史に向き合うことになる。」と申し上げました。ところが、実教出版の日本史教科書の南京事件に関する記述には、そういう姿勢が見られません。
この教科書では、南京事件において日本軍に殺害された数を20万人と書いていますが、これは東京裁判で示された数です。中国政府の公式見解は30万人で、この数は南京虐殺記念館に表示されていますが、実教出版の教科書は、その数を南京事件についての(注)で紹介しています。またこの(注)では、日本国内では、「10数万人」など他の説があるとしているのも、実際と違っています。
我が国で戦後、南京事件の事実発掘ということで最初に本格的に取り組まれた事業は、旧陸士卒業生などで組織する財団法人偕行社の機関紙『偕行』が、昭和59年4月号から1年かけて連載した「証言による南京戦史」シリーズであります。このシリーズは、参戦者の証言と戦闘詳報などの記録類を大規模に発掘整理したものですが、総括部分で、虐殺数を「3千乃至6千」とする推定と、「1万5千」とする概算を両論併記する形で示し、「中国人民に深く詫びるしかない。」と締めくくっています。戦史研究で著名な秦郁彦氏は、その著「南京事件」で、被害者数約4万人と推計しています。
実教出版の教科書が問題なのは、我が国における南京事件についての、このような実証的な取り組みに目を向けず、中国政府の公式見解や東京裁判の判決が示すものを、うのみにするかのごとき記述になっていることです。さらにこの教科書が、中島16師団長日記を掲載しているのも問題です。この日記に書かれている「捕虜ハセヌ方針ナレバ」の文言は、一般的には捕虜殺害の方針を示したものと解されていますが、実際、この16師団で捕虜監視の任務を担った兵士の証言には、「捕虜は逃がしてもよい。」というようなことであったので、夜間の監視を手薄にしたら捕虜の半数が逃げたという事例もあり、研究者の間でも解釈が分かれています。それを、日本軍の大量虐殺を裏付ける証拠として教科書に乗せるのは、誠に不適切であります。
では、この実教出版の教科書は、従軍慰安婦についてはどう書いているのでしょうか。その部分を紹介致しますと、「植民地や占領地では、日本軍も設置や監理に関与した慰安所に、朝鮮人を中心に、中国人・インドネシア人・フィリッピン人・オランダ人などの多数の女性を、日本軍兵士の性の相手である慰安婦として動員した。」と書かれています。
慰安婦問題については、このことに真摯に向き合い、日本と韓国が正確な理解に基づき和解に至るようにとの思いで書かれた朴裕河(パクユハ)著「帝国の慰安婦」という本があります。著者の朴女史は、韓国・世宗大学校日本文学科教授ですが、日本に留学して慶応義塾大学文学部を卒業後、早稲田大学大学院で日本近代文学を専攻し博士号を取得しております。
この書は、韓国では発行禁止処分を受けていますが、著者は、何よりも先ず元慰安婦たちに寄り添い、慰安婦問題の真の解決のためには、事実を事実として認め、日本と韓国が共通の理解に立つことが必要との思いで筆を取ったものだと思われます。私は、彼女の勇気ある発言に心から敬意を表するものです。そして、彼女にとっては不本意で迷惑かもしれませんが、私たちが慰安婦問題を正確に理解する上において、知っておくべきと思われるところを数点、この書から紹介したいと思います。以下、「帝国の慰安婦」からの引用です。

後日の「慰安婦」の前身は「からゆきさん」、つまり日本人女性たちである。

慰安婦証言集を読む限り、「日本軍に強制連行」されたと話している人たちはむしろ少数である。証言者の多くは、むしろこのような誘惑に応じて家を離れたと話している。 

「慰安婦」を必要としたのは間違いなく日本という国家だった。しかし、そのような需要に応えて女たちを誘惑や甘言などの手段までをも使って「連れていった」のはほとんどの場合、中間業者だった。

 「慰安婦」募集には同じ村の朝鮮人も加担していた。
 挺身隊や慰安婦の動員に朝鮮人が深く介入したことは長い間看過されてきた。そしてそのことが慰安婦問題を混乱に陥れた原因の一つとなったのである。

 慰安婦問題の根底には、売買春を許可し管理した公娼制度がある。
 
朝鮮人慰安婦をめぐる複雑な構造に向き合わずに、慰安所をめぐる責任の主体を日本軍や日本国家だけにして単純化したことは、逆にこの問題への理解を妨害し、結果的に解決を難しくした。

以上、「帝国の慰安婦」から引用に加えて、秦郁彦氏の指摘を一つ紹介しておきたいと思います。秦氏は、慰安婦でもっとも多かったのは、朝鮮人女性ではなく日本人女性であったことを、その著「慰安婦と戦場の性」で明らかにしております。彼は、残されている資料に基づき慰安婦の民族別構成についての見解を示していて、慰安婦全体を10とすれば、4が内地日本人であり、3が現地人、2が朝鮮人、1がその他ということで、日本人と朝鮮人の慰安婦の割合を2対1と推定しております。

以上の指摘からだけでも明らかなことは、従軍慰安婦のことを正確に理解し、伝える困難さです。そのことを考慮せず、従軍慰安婦に関して日本軍や日本国家の加害性に焦点を当てて単純化した記述が、高校生用のほとんどの日本史教科書に書かれていることに、私は疑問を感じています。
私は先般、上京して文部科学省の教科書担当の課を訪ねた際、従軍慰安婦については、朝鮮人を中心にと記述されている教科書が多いが、最も多いのは日本人慰安婦であったとする秦氏の指摘が事実とすれば、そうした記述は改められるべきではないかと申し上げたら、今の検定制度では「明確な誤り」ということでなければ訂正を求めることは困難という見解でした。
私は、我が国の日本史教科書の作成は、二つの制約のもとにあると見ております。その一は、日本史教科書を執筆する学者・教育者の思い込みです。日本史の教科書の執筆に携わる学者、教育者の中には、特に日本の近現代史においては、日本の加害の歴史を知らしめることが、日本が再び過ちを繰り返さないために必要と思い込んでいる人たちが多いように思われます。そういう思いで執筆された日本史教科書でも、現在の検定では歴史認識の問題には立ち入らないため、記述の内容が事実関係において明らかな誤りがない限り訂正は求められず、教科書として認められることになります。
その二は、近隣諸国条項です。これは、昭和57年の教科書検定で、中国への侵略を進出と書き改めさせたとの報道に、これは誤報だったのですが中国と韓国が抗議して外交問題となり、当時の政府が、事態の決着を図るために教科書の検定基準に新たに加えたものです。「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」との内容の近隣諸国条項が、検定基準に加えられたことにより、その後の日本史の教科書検定においては、訂正を求めた方がいいと思われる記述があっても、そのことで中国や韓国の反発が予想されると思われる場合は、訂正を求めることをしないと云う事態になっているのではないかと推察されます。
私が問題に思う、実教出版の日本史教科書における南京事件や従軍慰安婦についての記述が、日本軍や日本国家の加害性を強調する内容になっているのは、その一の理由からであり、それが検定で訂正を求められないのは、その二の理由からであると思われます。
現在の我が国の教科書制度では、学習指導要領に基づいて民間の出版社が著作・編集した図書を、文部科学省が検定し合格したものが教科書として使用されます。歴史教科書の場合、現在の検定基準では、繰り返しになりますが歴史観や歴史認識が適切かどうか等の評価はされず、記述の内容が事実関係において明らかな誤りがない限り訂正は求められません。従って、日本史の教科書の場合、様々なと言えば聞こえはいいですが、私からするとおかしなと思われるものも含めて様々な歴史観、歴史認識の図書が教科書として認められ、その中でどれを採択するかは地方に委ねられています。
日本史の場合、どういう教科書を良い教科書と見做すかは、色々な考えがあると思われますが、私は、日本の国の全体像について偏りのないイメージを描くための基礎的な知識が備わっており、公平な視点と国への愛情を持って書かれた教科書であることを望むものです。
そこでお尋ねです。高校における教科書の採択権は県教育委員会に在ることから、県教委は、特に高校の日本史教科書においては、様々な日本史教科書の中から、本県の高校にふさわしい教科書を採択して、使用されるように努めるべきだと考えます。つきましては、高校の日本史教科書の採択について県教育委員会はどのように取り組んでおられるのか、ご所見をお伺いいたします。
次にお尋ねの第二点は、日本史担当の教員採用についてということで、良い歴史教師の確保についてお伺いいたします。何をもって良い歴史教師と見做すかは、一概に断定できませんが、基本は教科書の場合と通ずることでありまして、事実を正しく知り追求する冷静な眼と、国への深い愛情がある教師が望ましいと思います。「愛のみ、よく真実を知る」という言葉があります。人が罪を犯した場合、なぜ罪を犯したかを知り、更生に導くのは、その人への愛であります。我が国の過去に罪を犯した歴史があるにしても、国への愛があって真実を知ることが出来てこそ、罪なき国への道筋が見えて来るのではないでしょうか。
先に述べたことですが、これまで、日本史の教育に携わってきた人たちには、特に近現代における日本の加害の歴史を伝えることが、過ちを繰り返さないために、また中国や韓国と仲良くやっていくために大事なことだとの思いを持つ人たちが多いようです。しかし、一歩進めて、帝国主義の時代、如何にして我が国の存立を図っていくかということで、苦悩し苦闘した日本の国の歩みへの理解を深め、どうすれば加害の歴史を歩まずに済んだのかということを問うていくことが必要であり、そういう姿勢は日本の国への愛から、自ずと生じて来るものではないでしょうか。
いずれにしても日本史の教師は、日本の国の歩みについて基礎的な知識があることは当然ですが、国への深い愛情があって日本史を教える教師であってほしいと望むものですが、県教委は、どういう方針に基づいて中学校の社会科、そして高校の日本史の教員を採用しておられるのか、お伺いいたします。
 
  ○9月定例県議会
 
 防災力の強化

「観測史上初めて」、「記録的な」「経験したことのない」、こういった言葉で形容される大雨災害が、近年頻発しております。確かに、近年の雨の降り方は明らかに変化していて、時間雨量50mm以上の短時間強雨の発生件数が、30年前の1.4倍に増加し、日降水量100mm以上の日数も増加しております。
今年も、先般9月9日から11日にかけて関東、東北一帯に降った大雨は、48時間雨量が11カ所で観測史上最多を更新しており、鬼怒川の堤防決壊により甚大な水害に見舞われた常総市をはじめ各地において浸水被害が発生し、8人の方が犠牲となられました。謹んで犠牲となられた方々に哀悼の意を表し、被災された皆様にお見舞い申し上げます。
気象庁異常気象分析検討会会長の木本昌秀・東京大学教授は、こうした事象について、「今後温暖化が進むと、海面水温が上がって大気への水蒸気の供給量が増え、豪雨の頻度が増加するだろう。災害が起きたことがない場所でも発生する可能性が高まり、誰もが十分な対策を求められる。」と述べています。
また、日本自然災害学会会長や災害情報学会会長を歴任する一方、内閣府や全国の都道府県、市町村の防災・減災に関する委員等を200以上歴任するなど、我が国における災害分野の研究者として著名であり、防災・減災対策の権威として評価が高い河田恵昭(よしあき)関西大学社会安全学部教授は、近年発生する自然災害が、これまでとステージが変わっている、いろいろなところで新しいステージに入っていると指摘し、そうした認識の上で、それに見合った防災対応を新たに考えていかなければならないと訴えています。
国土交通省が、今年1月に公表した「新たなステージに対応した防災・減災のあり方」は、正しくそのような認識を踏まえてのものでありまして、そこに示されている新たな防災・減災についての考え方や施策の方向、取り組むべき課題等は、今後、都道府県や各市町村の防災対策に反映されていくべき内容のものであると思われます。
そこで今回は、新しいステージの自然災害に対する防災力の強化という観点から、国土交通省が新たな防災・減災の政策文書としてまとめた公表文書の内容を私なりに整理し、その考えを踏まえて、本県における防災力強化に向けての取り組みについて、数点お伺いいたします。尚、以降は「新たなステージに対応した防災・減災のあり方」の文書を、略称で「新ステージ」と述べることに致します。
   
1、 避難力の向上
ではその1、避難力の向上について、先ずお伺いいたします。避難力は言う
までもなく住民の避難力のことであります。
「新ステージ」は、新たなステージの自然災害に対応する対策の基本的な枠組みと目標を、明確に示しています。その要旨は、
第一、「比較的発生頻度の高い降雨等」に対しては、施設によって防御することを基本とする。
第二、それを超えるような最大クラスの降雨等に対しては、住民、企業をはじめとする社会の各主体が、「施設では守りきれない」との危機感を共有し、それぞれに備え、また協働して災害に立ち向かう社会を構築していく。
第三、その際には、ある程度の被害が発生しても、「少なくとも命を守り、社会経済に対して壊滅的な被害が発生しない」ことを目標とする。
ということであります。
 滅多に来ることはないが、しかし、いつでも、どこでも起こり得る最大クラスの自然災害への対応方針としては、妥当な方向であると思われます。
 「新ステージ」は、そのような基本的な防災・減災対策の枠組みを示したう
えで、最大クラスの自然災害から「命を守る」という目標を達成するためには、
住民の避難力の向上が不可欠であることを強調しています。
新しいステージの自然災害から住民の命を守るためには、今後も避難勧告等の
発令が適切に行われるよう対策を講じていくことは大事なことですが、これからは避難勧告等では対応できない場合も視野に入れ、住民一人一人が自然災害に対する「心構え」と「知識」を備え、いざという時には、避難勧告等だけではなく降雨量や河川水位等の状況情報を基に、自ら考え適切に避難行動ができるようにする、そういう意味で住民の避難力の向上が重要と思われるからです。
そこでお尋ねです。新たなステージの自然災害から住民の命を守る防災・減災
の対策においては、住民の避難力の向上が不可欠であり、そのために、(1)住民への防災知識の普及、(2)幼少期からの防災教育の充実、(3)住民の主体的な避難行動に資する適切な災害情報の提供、等の施策を一層充実し推進する必要があると考えますが、このことにつきご所見をお伺いいたします。
   
2、 河川観測体制の強化
 次に、河川観測体制の強化について、2点お伺いいたします。
 第一点は、水位局の新たな設置についてであります。
先般の関東・東北大雨災害では、河川の氾濫による浸水被害が広範囲に及びました。なかでも宮城県では、県の管理分で11河川23カ所において決壊がありましたが、全ては規模の小さい支流で、氾濫注意水位が設定されていたのは、1河川だけでした。
 山口県では、平成25年7月の大雨災害で、田万川の支流である原中川が氾濫して特別養護老人ホーム阿北苑が、床上浸水被害に見舞われたことは、今なお記憶に新しいところでありますが、この原中川には、その時点では河川を観測・監視する水位局は設置されていませんでした。原中川には、その後水位局が設置されましたが、宮城県の例でも明らかなように、なかなか河川の支流にまでは、氾濫監視のための水位局の設置が行き届いていないと云うのが本県を含めての現状ではないでしょうか。
しかし、河川の支流といえども周辺に住宅が密集していたり、事業所や様々な施設等があり、河川氾濫の場合は、相当な被害が生ずるおそれがあるところがあります。例えば、山口市では、吉敷川がそうです。吉敷川は椹野川の支流ですが、河床が高く、護岸に近接して住宅等が立地している土地は、低地になっているところが多くあり、護岸の越水、決壊等が起った場合は、広範囲に浸水被害が生ずることが予想されます。しかし、現時点では吉敷川に水位局の設置はありません。こうした例は、県下全域において見られることだと思います。
そこでお尋ねです。新しいステージの大雨災害への対応として、県管理河川への水位局の設置が、現状でいいのかを点検する必要があると考えます。そして、その上で河川水系の本流、支流を問わず必要性が認められるところには、新たな水位局の設置を行なうべきだと考えますがご所見をお伺いいたします。
第二点は、河川の危険個所の情報開示についてであります。
ご案内のように、水位局は、河川が水防団等の出動の目安となる氾濫注意水位、市町長の避難勧告の発令判断の目安となる氾濫危険水位等の基準水位に到達しているかどうかを計測します。そうした水位局による水位計測の情報は、関係市町の防災担当部局が大雨災害に対応するためのベースとなる状況情報であると同時に、パソコン等で関係住民も見ることができるよう公表されますので、住民が自主的に避難行動を取るための状況情報ともなるものであります。
ただそこで問題なのは、ひとつの水位局が監視する河川の担当流域は、その区間が5キロ程のところもあれば10数キロのところもあり、水位局の観測に基づきその流域が例えば氾濫危険水位に達したと公表されたとしても、その流域の何処の地点が氾濫危険箇所なのかということは明らかにされないことであります。
私も、最近になって知ったのですが、水位局が設置されている場所は、河川の水位の観測がしやすい場所であって、氾濫危険個所ではないのであります。ある水位局が監視を担当する流域区間内において、氾濫の危険性が高いと見做される箇所は、複数個所にわたって別途調査されています。そして、その中で増水した場合、一番氾濫の危険性が高いと見做される個所を危険個所として、そこの水位がどの基準水位に達しているかを、水位局があるところの水位により推測すると云う仕組みになっているのであります。
そこでお尋ねです。新しいステージの災害対応の重要なポイントの一つは、住民が自主的に適切な避難行動を取ることができるよう必要な情報を的確に提供することであります。新しいステージの災害から住民の命を守ると云う目標を達成するためには、行政機関の災害対応だけでは限界があるからです。従って、これからは災害に関する情報は、行政機関に対しても住民に対しても、基本的に同等に開示され提供されるべきものと考えます。私はそういう観点から、水位局が監視する河川の危険個所は、これまで行政機関の防災担当者に知らされてきましたが、その情報を住民にも開示するようにすべきだと考えます。つきましては、このことにつきご所見をお伺いいたします。
尚、その際は、危険個所という呼称を、例えば「警報基準箇所」とか、近隣住民の方々に余り不安感を抱かせないような表現にする等のことも、併せ検討されたらいいと思いますが、ご所見をお伺いいたします。
   
3.消防力の強化
 質問の三は、消防力の強化についてであります。
 大規模化、激甚化する新しいステージの自然災害から、人命・財産を守るために、そのことに対応した消防力の強化を実現していくことは重要な政策課題であります。
 現在、消防力の強化に向けた動きは大きく三つあります。第一は、消防の広域化であります。第二は、消防救急無線のデジタル化の推進です。第三は、消防指令業務の共同運用であります。
 第一の消防の広域化は、消防力の強化に向けた施策の中心的な柱でありまして、平成6年からその推進が図られてきています。特に平成18年には、消防組織法が改正され、都道府県が消防広域化の推進計画の策定に取り組むことを努力義務として定める等、都道府県の関与が強められました。そして、平成24年度までを目途に広域化の実現を図ろうとしましたが、平成18年の消防組織法改正後、今日までに広域化が実現したのは、全国で39地域に留まり、なかなか進展していないと云うのが現状であります。
 そうした状況を踏まえて国は、平成25年4月には、消防の広域化に関する基本指針を一部改正し、消防の広域化の推進期限を平成30年4月1日まで延長したところであります。そして、本年4月には、消防庁次長通知を発し、消防の広域化推進期限(平成30年4月1日)に向け、広域化の推進に一層取り組むよう都道府県知事に要請し、都道府県内の市町村の消防の現状及び将来の見通しをあらためて再検証することを求めました。
 そこでお尋ねです。山口県は、平成20年5月、4消防本部からスタートし、将来的には1消防本部の枠組みを目指すこととした「山口県消防広域化推進計画」を策定しましたが、その後の本県における消防広域化の進捗状況と、今後の見通しについて先ずお伺いいたします。次に、推進計画策定当初、将来的には1消防本部の枠組みを目指すとした本県の消防広域化の方針に変わりはないのか、ご所見をお伺いいたします。
 第二の、消防救急無線のデジタル化については、電波法関係の基準改正により平成28年5月までに、全てアナログ方式からデジタル方式に移行すること
が求められています。
 つきましては、本県における消防救急無線のデジタル化の推進状況及び今後の見通しをお伺いたしますとともに、消防救急無線のデジタル化により消防力がどう強化されるのか、併せお伺いいたします。
 第三の、消防指令業務の共同運用は、複数の消防本部が、共同で1つの指令センターを設置し、共同して消防指令業務を運用するものです。
 本県では、下関市と美祢市が平成25年10月10日に、両市による消防指令業務の共同運用を開始しております。私は、先月3日、下関市の新しい消防庁舎内に開設された下関市・美祢市消防指令センターを訪ね、消防指令業務の共同運用のメリットや課題等につき、関係者の方々から説明を受けてまいりました。
また、8月31日には、千葉県庁に消防課を訪ねて、千葉県における消防指令業務の共同運用実現に至る経緯を中心に説明を受け、その後「ちば消防共同指令センター」を視察してきました。
千葉県は、県を北東部・南部ブロックと北西部ブロックの二つに分け、平成25年度には、北東部・南部ブロックの20消防本部の指令業務を共同運用する「ちば消防共同指令センター」を千葉市に、北西部ブロックの6消防本部の指令業務を共同運用する「千葉北西部消防指令センター」を、松戸市に開設しております。北西部ブロックは、5消防本部が、まだ共同運用に参加していませんが、平成32年度までには参加する予定で、そうなりますと千葉県の人口は約600万人ですが、人口約300万人の二つのブロックにそれぞれ設けられた消防共同指令センター、即ち二つの消防共同指令センターで、県下全域の消防指令業務がカバーされることになります。
千葉県は、消防指令業務の共同運用のメリットを4つあげています。
その1は、単独で整備した場合に比較し、高機能化できる上、経費の節減が図れる。
その2は、専従の通信員の確保や通信員の節減が期待でき、効率的である。
その3は、大規模広域災害時において、情報の共有化が行なわれることで、規模の拡大や不測の事態に迅速に対応でき、また、応援体制がスムーズにできる。
その4は、119番の受信能力向上、効率的部隊運用確立による消防力強化が図れる。以上の、4つであります。
その1に云う、高機能化とは、119番通報を受信した場合、位置情報通知
システムにより、発信者の位置を瞬時に特定できるようになり、出動に要する時間の短縮が図れる、また、車両動態・位置情報管理システムによる消防部隊の集中管理が可能となる等、消防機能が高度化され強化されることであります。
それから、経費の節減が図れると云うのは、「ちば消防共同指令センタ―」の場合は、共同運用に参加している20の消防本部がそれぞれ単独で指令施設の整備を行えば、合算で約61億2千万円要したのが、共同の指令センタ―にしたことにより約45億8千万円で済み、約22億9千万円の経費節減が図れた等のことを指しています。
 消防指令業務の共同運用のメリットについては、下関市・美祢市消防指令センターにおいても、ほぼ同様の内容の説明を受けたところであります。
 課題としてあるのは、特に下関市・美祢市消防指令センターで伺ったことですが、指令センターの管制員が、土地勘のないところからの119番通報を受けた場合、向かうべき場所の正確な確認に時間を要するケースがあると云うことでした。119番の通報を受けて、現場に到着するまでの平均時間は、現時点では「ちばの共同指令センター」も、下関・美祢の指令センターも短縮するまでには至っていないと云うのが実情のようで、共同運用のシステムに習熟していけば、短縮されるようになるのでしょうが、その点は、今後の課題のようであります。
 確かに、そのような克服すべき課題があるとしても、私は、消防指令業務の共同運用は、トータルとして消防力の強化が図られることになることから、是非とも全県的に推進すべき政策課題であると考えるものです。また、県も市町も財政運営が厳しい中で、将来を見通して必要な消防施設の整備を効率的に行っていくことと併せ、消防職員の効率的な運用により消防職員の増員を抑制しつつ消防力の強化を図ることが求められております。
広域的な視点から、消防通信指令施設の効率的な整備を図り、指令業務に専従する消防職員を節減して、その分を現場実働の消防部隊に充当することができる消防指令業務の共同運用は、そうした時代の要請に応える施策であります。
 私は、消防指令業務の共同運用は、消防の広域化そのものではありませんが、消防活動の中枢をなす指令業務の広域化が図られることから、広い意味での消防の広域化であると見做すものです。以前、県が4消防本部体制からスタートして将来的には1消防本部の枠組みを目指す方向で、本県における消防の広域化を推進しようとした時、反対された市長さん達も、消防の通信指令を県域一つにすると云うことには賛成だとの感触を私は得ています。
 消防の通信指令を県域一つにすると云うことは、本県の場合は、現在の12消防本部体制はそのままにして、指令業務を1つの指令センターで共同運用するということであります。
 本来ならば、この取り組みを県が指導的役割を発揮して、県の消防長会の協力と県下の市町長の理解を得て、千葉県のように消防救急無線のデジタル化に合わせて実現を図ればよかったと思います。県は、国からの指導もあり、そのことを県消防長会に投げかけはしたものの、消防は市町の事業であり、市町の自主性を尊重すべきということで、積極的な推進を図らなかった感があります。
 千葉県では、消防救急無線のデジタル化は、県域一体整備を図り、並行して消防指令業務の共同運用を行なう指令センターを整備しましたが、本県では、12消防本部が、それぞれ独自に消防救急無線のデジタル化を行ない、消防指令業務の共同運用は、下関市・美祢市間で実現したにとどまっています。
これまでの経緯はそういうことでありますが、本県における消防指令業務の共同運用を、全県的に実現しようとすれば、現実的対応としては、消防本部の通信指令台の更新が、概ね10年で行われることから、各消防本部の理解を得て、更新計画の調整に協力をいただき、今後10年以内を目途に取り組んでいくことが考えられます。
今後10年以内と言っても、指令業務の共同運用を全県的に実現しようとすれば、先ず、そのことについて県下の市町の理解を得なければなりませんし、その上で、県全域一つの共同運用とするのか、県域をいくつかのブロックに分けて共同運用を行うのか等の基本的な枠組みについて合意を得なければなりません。そういうことには、当然数年は要すると思われますので、私は、今から取り組みを開始しても、決して早すぎることはないと考えるものです。特に、全県的な方針は早く確定して、県下全域の消防関係者が、その方針を共有するようになることが望ましいと考えます。
加えて指摘しておきたいことは、消防指令業務の共同運用を全県的に実現していくためには、県が積極的に推進し、指導・調整の役割をしっかり果たしていくことが求められということであります。
以上、申し上げましたことを踏まえお尋ねいたします。
県は、消防指令業務の共同運用を、県全域で今後10年以内を目途に実現するとの方針を確定し、取り組みを開始すべきであると考えますが、このことにつきご所見をお伺いいたします。
   
  ○11月定例県議会